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自分に自信を持ってハツラツと仕事をする人は魅力的ですし、幸福度の高い生活をしている人が多いと思います。

しかし仕事に自信たっぷりで取り組むことは、人によってはしたくてもなかなかできないものです。

なぜ自分に自信を持って仕事をできる人がいる一方で、そうでない人がいるのでしょうか?
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それは、ひとくくりにできませんが、大まかにいうならば、前者は、「自分自身を基準に自己を評価している」のに対し、後者は「他人を基準に自己を評価している」傾向が強いように感じます。

前者のように、自分自身を基準に自己評価している社員は、謙虚ささえ失わなければ、仕事に楽しむ前向きに取り組みどんどん伸びていくことでしょう。

問題は、他人を基準に自己評価している後者の人々です。

他人を基準に自己を評価している社員は、愚痴をこぼしながら、精神的にとても辛い日々を送っていることが多いようです。

たとえば「あいつは営業成績トップなのに、なぜ同期の俺は・・・」や、「あの人は独立して会社を興したのに、それに比べて私はこんな会社で何やってんだ・・・?」みたいに。

そんなことをぶつぶつ愚痴をこぼし眉間に皺を寄せながら会社と自宅を行き来しているのです。

他人を基準に自己評価をする人々は、異常な嫉妬心を持っていることも多いです。

そして、自分の仕事のことよりも、他人の行動や任されている仕事が気になって仕方ありません。

また、その思考の影響は仕事だけではなく、プライベートな生活においても波及しているケースが多いです。たとえば、他人を基準に自己評価する人々は「人の集まりに行くのが怖い」と話すことがしばしばあります。

その理由を尋ねると、「自分がどう思われるか不安」「勝ち組と接するのが欝」みたいな回答がかえってきます。

もう少し突っ込んで理由を聞いてみると、勝ち組の人たちに小馬鹿にされるかもしれないという恐れと、「あいつに比べて俺は情けない・・」とさらに自分に自信を失ってしまう喪失感が辛いというのです。

要は、他人と比較することによって、自分に自信を持つことができなくなってしまっているのです。

しかし、考えてもみてください。そんな理由で人の集まりに出ないのはとてももったいないことです。なぜなら、人と時間を共有することは素晴らしいことですし、良い再会がある場合も多々あるわけですから。

自分に自信が持つことができないという理由でそういった貴重な機会を自ら放棄してしまうのはとても惜しいことだといわざるを得ません。

また、自分にもたくさん良いところがあるはずなのに、それらが見えなくなってしまっているという状態ももったいないことです。

他人と比較してしまう人間は、成功した他人を基準にして自己評価してしまいます。そうなると、心理的ハードルが一気にあがってしまいます。

「あの人はこれだけ高い地位に上り詰めた。だから自分は、あの人以上か同等の成功を収めなければならないのだ!」みたいに義務的に考えてしまうのです。

そうなると、人間の心身はその高いハードルを超えねばならないという信号を脳から受信し、極度に緊張しこわばります。

高いハードルを設けることで努力できるならばよいのですが、できないと脳が判断すると、次は自分自身を責めるほうにエネルギーが向かってしまいます。


「ああ、俺にはどんなに努力してもあいつに勝てない・・」「私はもう生きる価値がない・・」みたいに自分に自信を持つことができなくなってしまいます。

さらに、他人を比較することで自信喪失をするデメリットは、「自分なこんなダメな人間だから努力するだけで無理だ・・」と諦めてしまい、失敗を極度に恐れて「挑戦」をしなくなってしまうことです。

失敗を恐れて挑戦をしなくなってしまえば人間は成長をしませんし、日々生きていて楽しくなくなるでしょう。
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では、他人と比較することで自己喪失したとき、私たちは自分に自信を持つために、どのようなことを考えればよいのでしょうか?

それは、人生の「主人公」は自分であることを何度も何度も自分自身に伝えることです。

「自分は価値のある素晴しい人間なんだ」ということを、何度も何度も自分に言い聞かせるのです。

他人と比較して自己を厳しく採点するという作業をとりあえずやめることです。

「あの人に比べて俺はなんてダメ人間なんだ・・」などと他人を基準にして自分を語る思考回路を消し去るのです。

仕事をしているなかで他人に意識が向いてしまっているかも?と感じたとき、私たちが自分に自信を持つためには、「自分の小さな成果に意識を向けること」が大切です。

他人と比較して傷ついた自分自身を取り戻すには、自分を人生の主人公に戻してあげることが必要なのです。

そうするためにどうすればよいかというと、例えば、自分の成長の記録を小まめにとるという方法があります。

仕事の成果などをメモ帳に記録して、今日一日の成果をもとに自分自身を褒めてあげるのです。また、嬉しかった出来事や感動したことなど、小さな幸せな出来事を日記に記録するのも効果的です。

ちなみに私の場合、ブログの記事を一日どれだけ書いたかの記録をとるようにしています。他人からするととても小さい出来事かもしれません。

しかし、書いた記事数を記録することで、ほんの少しでも人生が前進したことを確認することができるのです。

それは、自信を持つことにつながるとともに、明日もまたがんばろうという前向きな気持ちを生み出すのです。

人間は、仕事にせよプライベートにせよ、他人を基準に自己評価をすると、とてもしんどくなり、幸福感を感じにくくなります。

ましてや大成功した友達や同僚と比較したら、大変です。そう自分もならねばならないと、無意識のうちに自分自身に義務を課してしまうからです。

そうなると心の逃げ場がなくなってしまい、自分に自信を持つことができにくくなります。

それよりも、自分自身が感じた一日の出来事にフォーカスし、小さな成功体験を記録して積み重ねていったほうが有意義です。

大成功した友達や同僚たちの活躍からすれば、ごく小さな歩みかもしれません しかし、その小さな成功体験は、この世で自分ひとりだけにしか味わえないかけがえのない宝物なのです。

そのかけがえのない貴重な体験を積み重ねていったとき、ある日、「自分はこれだけ価値のある人間なんだ」というように、自分に自信が持てるようになっていることでしょう。

自分に自信を持つことができるようになると、上司から理不尽な理由で頭ごなしに叱られたり、人格を否定される言葉で罵声を浴びせられたとしても、必要以上に落ち込まなくて済むようになります。

また、仕事で失敗をしたとしても、極度に自己否定することなく、「ここはしっかりとできた。一方、課題も発見できて良かった。次の機会に活かそう」といった風に前向きに考えることができるようになっているはずです。


社会には人間関係のトラブルほか、さまざまな問題もありますが喜びと感動にも満ちています
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人生にはさまざまな出来事があります。時には努力を重ねたとしても思い通りの結果が伴わないといったこともあるでしょう。ただ長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
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