a1180_016058.jpg

仕事をしていると、職場には苦手な人というのは1人や2人いるかもしれません。高圧的だったり傍若無人だったり・・あるいは 特に理由はないけれど、なんとなく苦手な上司や同僚もいるかもしれません。
スポンサーリンク

そもそも、苦手な人を見て「あの人、苦手だ」と反応してしまうのは、なぜなのでしょうか?

それは、過去の自分の人生経験と照らし合わせて、反応する何らかの種があるからだと思います。

何らかの理由があって無関心でいられないからこそ嫌悪感を感じるのです。

ですから、苦手な人を見て嫌悪感を感じたとき、そんなときは、「なぜあの人苦手だと感じたのかな?」と分析してみることをおススメします。

どんな経験がもとでその苦手な人を苦手だと感じるようになったのかを過去の人生経験を思い出し考えてみるのです

そうしたら、何らかの出来事や思い当る節がいろいろでてくるに違いありません
スポンサーリンク

例えば、高圧的な雰囲気の人と接して「あの人苦手だ」と感じるならば、学生時代に、高圧的な態度をとる先生がいたのかもしれません。

あるいはあなた自身がかつて高圧的にふるまっていて、誰かからそれを叱られて、姿勢を改めた過去があったのかもしれません

「ああ、あのときの先生と今の上司は背格好が似ているから 俺は嫌悪感を感じてるのか」ですとか
「小学校の時、友達とケンカして親に叱られたことがあったっけ。だから攻撃的なタイプの人間に俺は反応するんだな」みたいに、いろいろ考えてみるのです。

「他人は自分を映し出す鏡だ」といわれますが、まさしくその通りだと思います。

一緒にいて楽しい人は、自分の人生を陽気に豊かにしてくれます。

一方、苦手な人というのは、そのように自分がどんな人間なのかを映し出してくれたり、嫌な面に気づかせてくれるのです。


そんなことを考えたとき、苦手な人というのも、あなたの周りに存在する意味があると思いませんか?

自分自身のことを考えるための原料になってくれているわけですから。

なお、過去に出会った「苦手な人」と似ている面があって反射的に、嫌悪感が噴出する場合、「そせんは違う人間じゃないか」と楽観的に考えると良いと思います。

過去の苦手な人と、今苦手だと感じる人とは似ていても、同じではないわけですから。また、仮に同一人物だとしても、年月を経たら人間は成長して考え方も変化するものです。

そう考えたとき、苦手な人に対する嫌悪感も随分和らぐのではないでしょうか。



社会には人間関係のトラブルほか、さまざまな問題もありますが喜びと感動にも満ちています
スポンサーリンク

人生にはさまざまな出来事があります。時には努力を重ねたとしても思い通りの結果が伴わないといったこともあるでしょう。ただ長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
 タグ
関連コンテンツ&スポンサーリンク