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「毎日が面白くなくて・・生きていてもつまらないことばかりです」

「平凡な人生すぎます。日々が憂鬱です」

そんな声をときどき耳にします。
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確かに、会社に通勤する日々や、家事を淡々とこなす毎日は、一見すると平凡でつまらないと映るかもしれません。

ただ、「毎日がつまらない」と思いんがら淡々と毎日を過ごすのは、非常にもったないことではないかなと思ったりもします。

なぜなら、その平凡であると思われがちな日々のなかにも、たくさんの素晴らしい出来事が起きているはずだからです。

また、「平凡だ」「つまらない」といったマイナス思考で物事を考えその感情のままに言葉を発していると、潜在意識がその感情を記憶して、ますます良くない出来事を引き寄せてしまうようになってしまうでしょう。

平凡な日常生活を送っているように見えても、少し意識して探してみると、さまざまな感動があちこちに転がっているように思えてならないのです。
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例えば、樹木1本を観察してみても、幹の形状、風にそよぐ葉の色、遊ぶ野鳥など、不思議で神秘的ではないでしょうか?

それぞれ人間の手でつくりだすことができないものですし、これだけ科学が進歩しても一体どのように創造されたのか分かっていません。

平凡と思える日常にも、奇跡的な要素がたくさん込められているのです。

食事にしても思じです。米粒ひとつとっても、均整のとれた形状と純白の色彩が美しいですし、その米粒ができる過程には、太陽、水、大地の恵みがかかわり、農家の人々が丹精込めて育てたことを考えると感動的に思えるのではないでしょうか?

私たちは、日々の暮らしのなかで食べるもの、着るもの、寝泊まりする家など揃うようになると、それらはごく当たり前のことであると考え、感謝の気持ちを失ってしまいます。

しかし、ふと立ち止まってよくよく考えてみると、平凡であると思われがちな風景ひとつとっても、奇跡的で感動的な要素に満ち溢れているのです。

また、私たちはついつい自分中心に物事を考えてしまいがちな面も、日々が平凡だと思えてしまう原因だと思います。

自分の都合を考える暇がないほど、他人の助けとなること、喜ばせることを考えていると、その時間に意味を見いだせることが多くなっていくように思います。

一見平凡だと思える暮らしのなかにも、さまざまな彩りがあり、その上で他人のために自分が役に立っていると実感できたとき、心からポジティブな気持ちが湧き上がってきます。

その積み重ねにより「幸福感」というものが形成されているのではないかと最近思います。

社会には人間関係のトラブルほか、さまざまな問題もありますが喜びと感動にも満ちています
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人生にはさまざまな出来事があります。時には努力を重ねたとしても思い通りの結果が伴わないといったこともあるでしょう。ただ長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
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