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富と同じく人間関係によって得られる豊かさも、「循環するもの」であると思います。

自分一人だけのクローズされた世界観のなかでは、人間はあふれるような喜びはなかなか得られません。
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例えば、ひとりで美味しいものを食べても、広い温泉宿でのんびりしても、ひとりではすぐに飽きてしまい、どこか味気なさが残ることでしょう。

なぜなら、そこには人間関係に関する豊かさが循環していないからです。

人間の脳はひとりでは感動的な楽しみを得られないようにできているのかもしれません。

豊かさを家族や恋人などと共有することで、ひとりで味わう何倍もの充実感を得ることができるのです。

そこでは、人のために役に立つということを通して、自分自身の存在意義を再発見できるということもかかわっているのかもしれません。

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そういったことを考えたとき、それは職場も同じではないかと思います。

与えられた仕事内容を淡々とこなせばいいという考え方よりも、働いている仲間や顧客に「豊かさ」を提供させていただこうという気持ちでのぞめば、より多くの喜びを得られるのかもしれません。
職場では、上司や同僚が相手が少しでも仕事が楽になるように、快適に過ごしてもらえるよう配慮をする。

また、こちらから積極的に相手に挨拶をしたり、褒めたり和ませたりして心地よさを皆に味わってもらう。

そういったことは、損得で考えるとメリットがないのではないかと思われがちですが、周囲の人間がにこやかになり、結果的に豊かさが自分にも巡ってくると思うのです。

豊かさを循環をさせるためには、誰かが豊かさを運んでくれるのを待つよりも、こちらからアクションを起こした方が、確実性も高まるでしょう。

職場でも家庭でも、自らが率先して豊かさを循環させ他者を喜ばせることで、その環境はより幸せに満ちた空間になり、結果的に自身もより幸せになれるのではないかと思います。
社会には人間関係のトラブルほか、さまざまな問題もありますが喜びと感動にも満ちています
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人生にはさまざまな出来事があります。時には努力を重ねたとしても思い通りの結果が伴わないといったこともあるでしょう。ただ長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
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