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それぞれ、努力をしてもなかなか思い通りに物事が運ばないときというものがあるかもしれません。

そんなとき、ついイライラしてしまうことはありませんか?
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「なんて自分は不運な人間なんだ」「私には才能がないのではないか?」などと、自分自身を責めてしまうこともあるかもしれません。

八方ふさがりで先が見えないような状況。

そんなときは、私達はつい物事を否定的に捉えがち。

しかし、後から振り返ってみると、そういった時期が、意外と人生の転機になっていることも少なくないのではないでしょうか?

努力をしているはずなのに、次々と不測の事態が起きてどん底に落ちていく。そんなとき、人間はいろいろな物事を考え落ち込んでしまいます。

「なぜうまくいかないのか?」「運勢が下降しているのか?」「どうして自分だけうまくいかないんだ?」など。

しかし、そんな悩む時期を通り越した後は、意外と良い方向に道が開けたということもあるのではないでしょうか。

例えば、私の友達のひとりは、就職活動で、自分が望んでいた大手企業にことごとく不採用となってしまいました。

本人は、その状況をとても辛くてたまらないと話し落ち込んでいました。不採用になるけでなく、就職活動のための資金も底をついていく。

そんな八方ふさがりの状況でもがいているうちに、その友達は地方にある中小企業に内定しました。

それから数年後、その友達と再会したのですが、本人の口から出た言葉は意外な話でした。

それは、数年前、大手企業にことごとく不採用になってどん底に落ちたことが返って良かったというのです。

話を聞くと、その中小企業で最高の結婚相手も見つかったというのです。また、小さな企業だけに自分の企画が上に通りやすく、すぐに責任ある仕事も任されるようになったのだとか。

毎日出社するのが楽しくて仕方がないというのです。

努力しても物事がうまくいかない時期がつづくと、人はイライラして物事を否定的に考えてしまうものです。

しかし、そのとき思い通りに事が運ぶのが良いとも限らないのではないでしょうか。

後から振り返ってみると、その辛い時期があったこそ、後々になってみると意外なチャンスをつかんだようなことも少なくないものなのです。

そういったことを考えた時、苦境に立たされたときというものは、必ずしも悲観する必要はないと思うのです。

むしろ、人生を展開させうる大きなチャンスであると前向きに捉えることができることもできると思うのです。

では、努力してもうまく行かない時は、どのようなことを考え、日々を過ごせば良いのでしょうか?


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それは、「一体どんなことに気づけばいいのか?」と考えることだと思います。

イライラするという状態は、少なくとも望ましい状態といえないでしょう。

それには心理学的にも何らかの原因があり、考え方や捉え方がずれているからこそイライラするわけです。

そのズレを修正すべきとき、それが「物事がうまく運ばないとき」なのではないかと私は考えています。
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どのようにズレているのかというと、大抵は、心が傲慢になりすぎているのだと思います。

当たり前のことを「そんなこと当たり前だ!」と傲慢にとらえており、感謝の気持ちを持つことができていない。

だから、自分の思い通りにいかないことが発生したとき、必要以上に、現実とのギャップに苦しみイライラしてしまうのです。

つまり、うまくいかないことが立て続けに起き、それにイライラしていると感じたとき、自身が傲慢になりすぎていないか省みるべきだと思います。「当たり前のこと」といえば 例えば、以下のようなものがあります

・体が健康であること
・友達や家族が元気でいること
・決まった仕事があること
・椅子に座って楽な姿勢をとれていること
・お店に行けば欲しいものが売っていること
・飲食ができ空腹が満たされていること
・布団や枕でゆっくり寝れること
・便利な道具やIT機器が生活にあること
・新鮮な空気を吸えること
・電気ガス水道が通っていること
・冷暖房完備の部屋で過ごしやすいこと
・戦争がない平和な国にいること
・今日も命があり生きているということ

数えたらキリがありませんが、そういったことは日常的にごく当たり前のように満たされているものなので、なかなか感謝する機会はありません。

しかし、考えてみたら実は奇跡的で素晴らしいことなのではないでしょうか?

そういった感謝すべき素晴らしいことが日常にあふれているにも関わらず、それらに関しては「当たり前だ!」と傲慢に捉えてしまう。

だから、思い通りにいかないことがったとき、しんどくなってしまうのです。殊に、職場や学校では、他人と比べて、自分に足りないところを無意識のうちに探してしまう心理状態に陥りがち。

「〇〇さんと比べて自分は劣っている」「△△君は素晴らしい成績を挙げているのにそれに比べて自分は・・」みたいにネガティブな思考に陥ってしまわないよう、注意することが必要です。

他人と自分を比較して、これも欲しい!あれも欲しい!と心が欲張りな状態になってしまうと、普段ある当たり前の幸せが見えなくなってしまいます。

それでは、常に自分自身の至らなさと対峙するということになってしまい、安定した心の平安は得られにくくなってしまいます。

努力しても思い通りに物事が運ばずイライラしたとき、そんなときは、原点に帰って物事を考え直してみるべきというサインなのだと思います。

自分が不幸だと感じているならば、「幸せなことは本当に何もないのか?」と生活のなかでじっくり考えてみることが必要なのです。

日々の当たり前の出来事に感謝の気持ちを持てるよう、意識改革がなされれば、道は早期に開けていくと思います。


社会には人間関係のトラブルほか、さまざまな問題もありますが喜びと感動にも満ちています
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人生にはさまざまな出来事があります。時には努力を重ねたとしても思い通りの結果が伴わないといったこともあるでしょう。ただ長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
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