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何があっても自分の意見を曲げない「とっつきにくい人」はあなたの職場にいませんか?
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自分の意見を曲げない人は、良い意味にとれば、考えが一貫している意志が強い人だということができるかもしれません。

しかし、その意見が明らかに間違っていて会社に不利益を与えるような場合は、何とか考えを修正してもらわねばならないこともあります。

ただ、「それは違ってますよ」と相手にズバっと指摘したとしても、激しい怒りを買うだけでしょう。

「お前みたいな甘ちょろが何抜かしているんだ!?」

「俺に意見するなど10年早い。出直してこい!」

みたいに激しい怒りが返ってくるはずです。そして、それ以上、何か議論をしようとしても、一歩も譲らず不毛な意地の張り合いにあってしまうことになるでしょう。

自分の意見を曲げない人は、他人の考えに耳を傾けるような柔軟性がありません。例えその考えややり方が稚拙であっても、根拠なく絶対的な自信を持っています。

では、意見を曲げない人とうまく話を進めようとするならば、どのようなことを意識するのがよいのでしょうか?

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それは、相手と話をするなかで、「相手の意見と自分の意見に共通するもの」を意識的に探してみることだと思います。
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例えば、会社の営業部で、自分の意見を曲げない会社の部長が、「新規開拓の営業ノルマを10件から30件に上げるべきだ」と主張したとします。

しかし、これ以上ノルマを増やしたら、既存の顧客へのフォローが十分できなくなってしまいクレームにつながってしまうかもしれません。

そんなとき、「30件なんて無理ですよ!」と相手の意見を否定してしまわないことです。

「私と部長のの意見では会社の営業部の実績を上げたいという点では同じですね」と言ってみる。

すると、相手はその一瞬、ハッとするはずです。

なぜなら、自分の意見を通すために他の意見ははねのけるつもりでいたのに、思いがけず相手が歩み寄ってきたからです。

ですから、その瞬間だけでも、親近感を覚えるわけです。そうなればしめたものです。

いかなる頑固者であっても、自分以外の意見にも少しくらいは耳を傾けてみようかという心理状態にある程度なるものだからです。

相手と共通するものを確認したならば、そこから枝葉を広げていくイメージで妥協点を探っていくとよいと思います。

そこでは相手の意見を尊重しつつ、自分の意見と合わせた折衷案を提案してみるのも良いかもしれません。例えば以下のように。

「部長の新規開拓ノルマを30件に増やすというのは、営業利益を増やすためにすばらしい案だと思います。ただ、既存の顧客も大切なお客様です。そのフォローも同時に考えながらノルマの件数は決めたらどうでしょうか?」

相手は頑固者だけに、なかなか相手は聞き入れてくれないかもしれません。ただ、共通する部分を確認し、さらに相手の意見を褒めた時点で、相手との敷居は確実に低くなっているもの。

つまり、他者の意見にも耳を傾けてくれる確率が当初より大いに高まっているはずなのです。

意見を曲げない人とは、性格が悪い人というよりは、子供のまま大人になった視野の狭い人なのだと思います。

なぜ視野が狭くなったのかというと、子供時代に甘やかされわがままに育ったり、間違ったことをしても誰からも叱ってくれなかったなどの理由があるのでしょう。体は大人でも精神的には未熟なのです。

精神的に未熟であれば、自分が設定した狭い領域内でしかものごとを考えることができません。

そして、その領域内でものごとが完結しなければ、安心感を得られず、すぐに機嫌を損ねるという形で表に表現してしまうのです。

いわば、小さな子供がおもちゃをとられて駄々をこねる心理状態と似ています。

ですから、敢えて相手の土俵のなかにこちらから飛び込み、まず安心を与えることが重要なのです。

そして、相手の立場や考えを尊重して親近感を持ってもらうことで、初めて心を動かすことが可能になってくるのです。


社会には人間関係のトラブルほか、さまざまな問題もありますが喜びと感動にも満ちています
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人生にはさまざまな出来事があります。時には努力を重ねたとしても思い通りの結果が伴わないといったこともあるでしょう。ただ長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
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