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交流会や親睦会、仕事の商談などで誰かと会うとき、必要以上の恐怖や不安を感じてしまう方はおられませんか?
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慣れない場面がやってくるとき、恐怖や不安を感じるのは、生命を守るための人間の大切な本能であり、誰でもあることだと思います。

しかし、少しした場面においても極度の恐怖や不安を感じてしまうと、人との関わりを避けがちになり、折角の他者とのご縁をみすみす逃してしまうということになってしまいます。

そもそも、どうして人間は、慣れない他人と会うとき、どうして必要以上の不安や恐怖を抱いてしまうことがあるのでしょうか?

その原因は複合的であることがほとんどですが、ケースとして多いのは、思考の悪循環が固定化されてしまっているケース。

過去の失敗などを掘り起し、「過去に失敗したのだから、次も失敗するかもしれない」とネガティブなことを反射的に考えてしまうのです。

例えば、過去に参加した交流会で、誰とも打ち解けることができず、淋しさと孤独を感じながら時間を過ごした場合、その再来を予測してしまうわけです。

なお、厳しい家庭で育ち、事あるごとに叱られながら育った人は、何もなくても反射的に「叱れるのではないか?」と不安や恐怖を覚えてしまう人も少なくないようです。

そのような場合、仮によく会う親しい友人に対しても、恐怖や不安を感じてしまうかもしれません、

未来はどうなるか誰にも分からないはずなのに、過去の出来事に照らし合わせ、「次もどうせ失敗するだろう」と勝手に予測してしまう。

それはある意味、論理的で理にかなった思考方法だといえるかもしれません。しかし、未来に対して不安や恐怖ばかり抱いていると、恐怖心が生まれ人間は何も挑戦できなくなってしまいます。
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では、どうすれば人間は、極度の恐怖や不安を払拭することができるのでしょうか?


それは、根拠が何もなくてもいいから、うまくいった自分を想像することに思考と時間を費やすことです。

例えば、異業種交流会に出席することが決まり、極度の不安と恐怖を覚えたとしましょう。そこで大切なのは、過去の経験から照らし合わせて、未来における失敗の可能性を考えることではありません。

根拠なき明るい未来」を想像することに時間と思考を費やすことです。

例えば、たくさんの友人ができ笑顔でいる自分、来た友人と握手を交わし「また会おう」と話しているシーン、満面の笑みで集合写真に映っているシーンなど。

うまくいっている自分、充実感に浸っている自分の姿をできるだけ鮮明にイメージするのです。

そうすることで、そのプラスの感情は潜在意識に染み入り、心身はその実現に向かってフル稼働しはじめます。そうすると、不思議なことに、未来はうまくいくように開けてくるものです。

誰か知らない人と会うことが決まったとき、「ひょっとしたらうまくいかないんじゃないか?」とネガティブに考えないことです。

それより先に、「うまくいっている場面」を考えることです。その思考を習慣化することが、極度の恐怖や不安を解消するために大切だと思います。



人生にはさまざまな試練があります。努力をしても思い通りにいかないこともあるでしょう。
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ただ、そこで感じる心の悩みは、視点を少し変えるだけで解消してしまうこともあるものです。 長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
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