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仕事や遊びなどで、人と待ち合わせをする場面は多々あると思います。しかし、なかには、待ち合わせ時間になっても相手がその場に現れないというケースもあるかもしれません。

その場合、皆さんはどのように考えるでしょうか?

人によってはあまり気にしない人もいるかもしれませんが、時間に厳しい人は、イライラして遅れてきた相手に説教をしたり1日中ネチネチ嫌味を言ったりするケースもあるかもしれませんね。
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その説教やネチネチした嫌味が、待ち合わせ時間に遅れた本人に成長して欲しいという親心からならばよいでしょう。

しかし、それが自分がイライラした気持ちを単に発散するためであるならば、あまり良いことではないと思います。

なぜなら、マイナスな感情が際限なく広がっていってしまうからです。

相手が待ち合わせ時間に遅れる理由というのは、いろいろな可能性があるだけに、それを詮索しだすと悪い部分を拡大解釈してしまいがちになるのです。

例えば、単に寝坊をして相手が遅れたとしても、「いやいや、実は俺のことをバカにしているんじゃないのか!?」「自分のことを低く見ているのではないのか?」などと考えて想像を悪い方向に無限に膨らませてしまうのです。


また、来ない相手に対してイライラしたり、遅れてきた相手に怒りをぶつけたとしても、既に終わった過去のことであり問題解決はしないでしょう。
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そういったことを考えたとき、相手が待ち合わせ時間になっても姿を現さない時は、気持ちを切り替えて「これは神様から与えられた特別な時間なんだ」とプラスに考える方がよいと思います。

そして、この待ち時間に何かできることはないだろうか?何か発見できることはないだろうか?と探すことに気持ちを集中させると良いと思います。

例えばスマートフォンや携帯電話でニュースなどを読むのもよし、SNSで友達と交流するのもよし、読書をするのもよし。

あるいは、周囲を見渡して、季節の彩りを感じさせるきれいな風景を見つけて楽しむのもよいと思います。

そして、遅れてきた相手に対しては、「次から気を付けようね」とさらりと言って、心のなかでは「貴重な時間を与えてくれてありがとう」と感謝の気持ちを持つのです。

するとプラスのエネルギーで満たされ、人間関係はますます良くなっていくことでしょう



人生にはさまざまな試練があります。努力をしても思い通りにいかないこともあるでしょう。
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ただ、そこで感じる心の悩みは、視点を少し変えるだけで解消してしまうこともあるものです。 長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
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