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真面目すぎる人は、「一緒にいて面白くない」という風に周囲から思われがちです。

職場においては、与えられた仕事はきっちりやるけれど、全体が見えておらず周囲と調和できにくい面もしばしば露呈します。

どうして真面目すぎる人は、一緒にいて面白くないと思われるのでしょうか?
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それは、真面目すぎる人は常に減点思考でものごとを考えているからだと思います。

真面目すぎる人はとにかく几帳面で完璧主義者です。

完璧に物事を済ませないと気が済まないだけに、自他に関する欠点をくまなく探ししてそれを埋めることを考えています。

自分のミスは許せないですし、他人が何かミスをしたり間違ったことをしていたりしても許せません。

少々のことは目をつぶり、ストレスをためないように工夫することが幸せな人生を送るために重要だと分かっていても、心身に染みついている思考回路を変えることはなかなかできません。

では、どうして真面目すぎる人が真面目すぎるようになったのでしょうか?

それにはさまざまな要因が考えられますが、厳しすぎる親に育てられたなど大人に支配されてきた過去を持つことが多いようです。
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自分の意見を持つことが許されず、絶対的な権限を持つ親に支配されて子供時代を送った子供は、真面目すぎる人になりやすいです。

全て親の指示どおりに勉強や家事をする。そして親の方針に少しでも違ったことをしたら頭ごなしに叱られる。

そういった支配される日々を過ごしていれば、人間はいつしか親の顔色をうかがい、ミスをしないことにばかり意識を集中させるようになります。

また、自分の頭で何かを考えて新しいものを生み出すという発想がなくなっていきます。

すると、「ミスは絶対に許されない」「規則からはみ出ることは絶対に許されない」というのが絶対的な自分のポリシーとなり他人にもその価値観を押し付けるようになります。

例えば、車が全く通らない田舎の農道を歩いていて赤信号の横断歩道があったとします。

歩行者のなかには念のため注意しながら渡ってしまう人も少なくないと思います。

しかし真面目すぎる人は絶対にそういったこともしません。もし他人が渡っているのを見かけたらこんな風に注意するでしょう。

「あなた、今赤信号でしょ。渡ったらいけないと幼稚園で習わなかったのか?」。

確かに「渡らない」という判断が社会的には正解であることは言うまでもありません。

しかし、注意された側からすると「これくらいいいだろうが」「接しにくい奴だな」という風に思い気分を害するわけです。


そういった思考のずれがあるだけに、真面目すぎる人は、会社で働いていても、周囲の人間の考え方とずれており、しばしばトラブルを起こします。
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そして、「面白くない奴だ」「とっつきにくい奴だ」という風に思われてしまうわけです。

また、確かに真面目すぎる人はミスなく仕事をきちきちやるのですが、極めて視野が狭く全体を見渡すということが苦手です。

ですから、チームプレが必要な場において、空気が読めず浮いてしまい怪訝な目で見られるということも少なくありません。

本人は悪気はなくても、真面目すぎる人はどうしても周囲に溶け込めずうまく調和をとっていくことができません。
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では、どうすれば真面目すぎる人はその性格を改善していけるのでしょうか?

それは、足りない点に目を向けるのではなく、すでにあるものを評価し感謝する視点でものごとを考えることだと思います。

例えば同僚と接するときも、その人の欠点を探し指摘しようとするのではなく、「良い面はないか?」と真っ先に探す習慣を持つことです。

そして、できればその長所をさりげなく褒めるのです。

また、真面目すぎる人は、過去に厳しい大人に支配されてきた過去を持つだけに、自己肯定感が低いという傾向もあります。

自己肯定感を高めるためには、自分自身についても欠点を探すのではなく、長所を常に意識しながら、自分を自分で誉めて生活を送っていくことが必要だと思います。

そして、自分の評価は他人が決めるのではなく、自分が決めるのだと常々考えておくことも、自己肯定感を高めるコツだと思います。


人生にはさまざまな試練があります。努力をしても思い通りにいかないこともあるでしょう。
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ただ、そこで感じる心の悩みは、視点を少し変えるだけで解消してしまうこともあるものです。 長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
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