a0960_007950.jpg

何か慣れないことをしないといけなくなったとき、絶望的な思いに浸ったことはありませんか?
スポンサーリンク

殊に真面目すぎる人は、そんな傾向が強いと思います。

例えば、人前で話さねばならないと決まったとき、自分には無理だと気後れしてしまうケースはよく聞く話。

個人からの依頼なら断ることもできるでしょうが、仕事ではなかなか避けることができません。

私自身も、人々が集まる場で何かを話さねばならないと決まったときは過度に緊張を強いられ、それを脅威だと感じていました。

慣れない場に立てば、想定外のことが起きるかもしれません。「もしうまくいかなければ・・」と考えては気が滅入ってしまっていたもの。

そして、当日、うまくいかなければ、つまらなさそうに顔を背けてしまう人などに目に留まっては、さらに気持ちが落ち込んでいくわけです。

そういった経験はトラウマになりやすいもの。次もうまくいかないかもしれない・・と考えてしまえば自信喪失につながり挑戦することをやめるきっかけともなってしまいかねません。

ただ、あることをきっかけに気持ちが楽になりました。

それは、最低限これだけできればいい!ということを1つか2つだけ決めておくことです。

真面目すぎる人がしんどくなってしまうのは、全てを完璧にこなさなければいけないという思いが強すぎるからだと思います。

確かに、完璧を目指すことは、自身を向上させていく上でとても重要なことです。

ただ、慣れないことをすると決まったときにも完璧を目指してしまうと、精神的にとてもしんどい状況になってしまいます。

なぜなら、課題が次々と見つかり、処理できなくなってなってしまうからです。

そうなると、「自分には無理だ」と気後れしてしまい自信喪失と過度な緊張につながってしまいます。

ですから、前向きな気持ちを維持するためには、いきなり完璧なものを完成させようとするのではなく、敢えて、「捨てる」くらいの気持ちが良いかもしれません。

最低限これだけできればいい!という項目を1つか2つだけ決めたら、それ以上のことは達成できなくて構わないと最初から決めておくのです


a0960_008191.jpg

例えば、近々、会議で企画をプレゼンしなければならないと決まったとしましょう。

人の前で話をすることに慣れている人ならよいのでしょうが、そうでなければ、気後れして過度な緊張を強いられるかもしれません。
スポンサーリンク

なぜなら、未来には不確定な要素ばかりだからです。

「人々の反応が気になる」
「つまらなそうにしている人がいたらどうしよう」
「反論されたら恥をかくかもしれない」

そういった想定されうるリスクを考え出したら、完璧にこなすなど到底不可能なこと。

しかし、真面目すぎる人は「何が何でも完璧にこなさないといけない」と自分自身を縛り付けて考えてしまいがちです。

そして、大きな不安に苛まれ絶望的な思いに至ってしまいます。

それがバネとなりエネルギーに転化すればよいのですが、精神的に追い詰められるように感じるならば、少なくとも望ましい状況とはいえないでしょう。

そんなときは、例えば「企画の内容を伝える役割を果たしさえすれば良い」と課題を1つに決めておき、あとは捨ててしまうことです。

滑舌が悪くても、ユーモアが皆無でも、反論されても構わないと考えるのです。そうすることで気持ちが楽になることでしょう。

なぜなら、克服すべき課題が1つに限られたことで、問題が整理され、乗り越えられるという希望が見えやすくなるからです。

そのように考えたらあとは、その点をおさえた準備を、時間が許す限りするのみです。

企画の内容が伝わりやすくするようプレゼンの資料をつくったり、話す内容をある程度考えて反復しておくなどしておくのです。

そうすることで気持ちが楽になり、当日も過度な緊張を強いられることもなく、うまく対応できる確率が高まるでしょう


人生にはさまざまな試練があります。努力をしても思い通りにいかないこともあるでしょう。
スポンサーリンク

ただ、そこで感じる心の悩みは、視点を少し変えるだけで解消してしまうこともあるものです。 長いスパンで見たとき、その結果だからこそかえって良かったということも少なくないものです。私たちは人生に与えられた試練を通して試行錯誤しながら魂を磨き成長していくことができればよいものです。やってくるさまざまな出来事のなかに、ひとつでも多くの感動を探しながら喜びを味わっていくこと、そして他者に優しさや希望の光を与え自他ともに幸せになっていくこと。それが生きる意味であると思います。
関連コンテンツ&スポンサーリンク